手仕事を繋ぐ表具屋「美術表装 萬年堂」

Making a hanging scroll 伝統工芸

作家の友人たちの間で飛び交う「表装」や「裏打ち」という言葉。なんとなく言葉から想像はつくものの、実際には馴染みがなく、どのような作業をされているのか興味がありました。

そんな中、知人の紹介で創業60年以上続く表具屋の「美術表装 萬年堂」さんにお邪魔することに。2代目表具師:林大さんと3代目表具師:林大作さんに表具・表装についていろいろとお話を聞いてきました。

K:表具という文化はどのようにして生まれたのでしょう。

MH : 表具の始まりは僧侶が布教活動に行く際に経本などを持ち運びしやすい形にしたことだと言われています。日本へは仏教の伝来と共に、奈良時代から平安時代にかけて中国から伝わった文化です。当時はお坊さん自身が作業をしていたということもあり、今でも裏ずり玉という長い数珠のようなものを使う工程が残っています。

K:表具とはどのようなお仕事なのでしょう。

MH : 表具屋の仕事というのは掛軸、屏風、巻物、和額の作成や襖・障子張り、古くなった掛軸、屏風など美術品の修復など様々です。戦後の高度成長期に建築ラッシュで襖やクロス貼りという仕事が一気に増えたことがきっかけで、内装など仕事を専門とする表具屋さんも増えました。

この技術をなくすのはもったいない

K:表具師になったきっかけは。

MH : 父親の代からやっていたので、それを継いで私は2代目です。初代の頃は高度成長期だったこともあり襖やクロス貼りの仕事が多かったのですが、その後は額縁を組んで色をつけたりもしてました。書道関連の方達からの依頼が増えたことで、美術関連の仕事を手がける事が多くなり、私の代では美術関連の表具の作成と修復のみです。たまに知人や近所の方に頼まれて襖の貼りかえをすることもありますが。 

K:大作さんのきっかけは。

Daisaku san : 私は元々サラリーマンをしてました。継ぐつもりもなく、親父の代でここも終わらせる予定だったんです。30代の頃1年半くらいサラリーマンしながら手伝ったりもしていたんですが、親父が怪我をした事もあって休日のたびに手伝うようになり、親父の持ってる技術や工房、使ってる道具達などを無くすのがもったいないと思ったんです。うちは昔ながらの手打ちの表装の仕事が多いんですよね。昔ながらの技術を持っている人が今はどんどん少なくなってきているので。40代を目前にし、やるなら今しかないと思って。会社を辞め、去年の5月くらいから本格的にこれ一本に専念することにしました。

昔ながらの表具屋は減ってきている

K:どのような手法での表具が増えてきているのでしょう。

MH : 機械を使ってプレスする手法というのが増えてきています。糊がついている和紙に熱を加えてプレスするというやり方なのですが、断然早くて簡単なんですね。早いものだと3時間ほどで完成してしまいます。手打ちには伝統的な古糊を使う手法と化学糊を使う手法があります。化学糊を使った場合は完成まで約1ヶ月、古糊を使う手法だと最低でも3ヶ月はかかりますね。美術館にあるような貴重な美術品などの修復は古糊を使って行います。

今は機械専門でやってる表具屋さんもありますが、機械と手打ちでは価値も全然変わってくるんです。

京都などでは昔ながらの表具屋というのがたくさんあるのかもしれませんが、九州では昔の手法で表装できる表具屋というのが減っています。私たちの普段の生活の中では中々身近なものではないのですが、美術館所蔵品のレプリカ作成など、そこにはやはりニーズもあるので手打ちという技術を無くしてしまってはいけないなと思うんですよね。

K:現在はどのようなお仕事をされることが多いのでしょうか。

MH : 古い掛軸など美術品の修復、レプリカの作成、書道家の方達など作家さんの作品の表装などですね。古いものは一度剥がしてしまい、裏打ちを遣り替えたり、シミがある場合はシミを抜いたりもします。お客様からの要望で、形見の帯や着物を使った表具を手がけたりすることもありますよ。

K:表具用の生地と着物などの生地というのは違うのですか。

MH : 表具では通常裂地(きれじ)と呼ばれる生地を使うのですが、着物や帯の生地というのは表装用の裂地に比べると生地が厚く丈夫です。なので着物や帯など厚い布を使う場合は薄い裏打紙を用いたりして厚みを調整します。昔の作品の中には袈裟を用いたものなどがあったりもしますよ。

裏打ち用の和紙には極薄・薄口・中肉・厚口・特厚など様々な厚さがあるので、本紙(作品)の厚みや生地の厚みによって使用する裏打紙を変えるんです。もちろん厚さだけでなく、色合いや質が異なる様々な裏打紙がありますよ。どの裏打紙を用いるかは本紙や用途によっても異なります。

K:掛軸で使われている裂ってどのようにして選ばれるのですか。

MH : お客様の要望に合わせて選んだり、目的や用途、また作品の内容に合わせて選んでいます。取り合わせという作業があるのですが、それが正に本紙の文字や絵に合った裂を選ぶ作業なのです。掛軸には仏事や神事に関するものや書や絵画など美術作品に関するものなど様々な種類があります。その用途によって様式が異なるので、そこも踏まえて裂だけではなく紐、軸先などもを選んでいます。

掛け軸の種類はひとつだけではない

K:掛軸だけとっても奥が深いですね。そんなに種類があるとは。。。

MH : そうなんです。作品の上下に一文字という細い裂がついたもの、2種の裂を使う3段表装、掛け軸の上から垂れている風帯というものがついたものなど本当に様々です。本紙の周りや両隣に数ミリの細いスジを入れるものがあったり。なのでその都度、その掛軸に合った裂や部品を選ぶんですよ。

K:ここには襖(ふすま)のような大きな板がたくさんありますね。何に使われるのですか?

MH :

裏打ちした作品を乾燥させるのに使うんですよ。これは仮貼(かりばり)といって、この仮貼板に本紙(作品)等を貼って乾燥させます。作品を一つ乾燥させるのに一つの仮貼板が必要なのでいっぱいあるんですよ。

銀箔の紙が貼ってある板は、日本画の方が絵を描かれるように作ったものです。

K:刷毛もたくさんありますよね。

MH :

用途によって使う刷毛が違うんですよ。

例えば、糊刷毛といって紙に糊をつけて本紙に貼る時に使うものだったり、撫刷毛といって裏打ち紙を撫でる時に使うものだったり。厚みも重みもある打ち刷毛は接着を強くする際に叩いて使うんですよ。反対に細くて薄い刷毛は付け回し刷毛は3ミリほどの糊代に糊をつけて行く時に使ったり。

K:先ほど、和紙も様々なものを使われているとおっしゃっていましたが。

MH : 掛軸を作成する工程で、裏打ちを行いますが、その裏打ちの工程によって使う和紙が異なるんです。本紙や裂地の厚みや強度をだすために行う最初の裏打ちは肌裏打ちというのですが、美濃紙(みのし)と呼ばれる和紙を使います。本紙と裂を継いで掛軸の形にした後に行う裏打ちが中裏。ここでは美栖紙を使って裏打ちをします。中裏は本紙や生地が厚い場合などは省く場合もあります。それはバランスを見ながら調整していきます。で、最後に総裏といって宇陀紙を使って最後の裏打ちをします。本紙に負担をかけずに掛軸を巻けるようにするため、掛軸の裏を平らで滑らかにする工程です。厚みのバランスが取れていないと掛けた時に均衡が取れなくなったりもするので、どの厚みの和紙を使うかはその本紙と裂によって様々です。昔ながらのやり方で掛け軸を作り上げる場合は伊勢の美濃市で作られている美濃紙という和紙を用います。

K:掛軸の裏に和紙が貼ってあるとは…。

MH : 掛軸の裏を見ることってあまりないですもんね。この掛軸は宇陀紙(うだし)を使って総裏を施したものです。紙の寸法が決まっているので、3箇所継いでいるんですよ。ここを継ぐ時に打ち刷毛を使って打ってできる限り継いだ箇所がわからないようにします。糊が馴染まないときなども打ち刷毛を使って打ちますけど。ただ打つとどうしても紙の目が荒れてボコボコになってしまうんですね。なので、最後は裏ずり玉を使って紙をしなやかに馴染ませて完了です。

今はロール紙もあるので紙を継がなくてもできるのですが、やはり昔ながらのやり方を好まれる方も多いので。

K:工程はやはり気候に左右されるのでしょうか。

MH : そうですね。最終仕上げをするのに向かないのは梅雨時ですね。乾燥した日がいいので。でも反対に、付け回しといって中裏を行う前の本紙と裂を継ぐ作業や最後の仕上げの裏打ち(総裏打ち)をする際には湿気がある時がやりやすいんですよね。天候ともバランスをとりながらです。

糊をとく作業

糊の塊や不純物が入っていると紙につけた際にでこぼこができてしまったりするため、まず糊を濾す。糊を濾した後は、紙の厚さに合わせて糊に水を足しながら調整していく。薄い紙に塗る場合は薄い糊、厚い紙に塗る場合は濃い糊と。

裏打ち作業

裏打ち作業では欠かすことができない水と糊。明らかに濡れて透けてしまっている和紙なのだが、持ち上げても破れない。本紙への肌裏打ちという工程を見せていただいたのだが、和紙の強度と職人の技を目の当たりにした。

伝統を繋ぐためにもチャレンジを

K:最後になりますが、今後の展望をお聞かせいただけたら。

Daisaku san: 私としては親父が培ってきたものを残していきたいというのがありますね。あとは新しい人たちといろいろなことにチャレンジしていきたいなと思っています。

K:どのようなチャレンジを?

Daisaku san : 今回たまたま友人のアーティストの作品を掛軸にしたんですね。これまでは和紙のみだったんですが、初めてキャンバス生地を。和紙は水を使って表装していくのですが、キャンバス生地は水が使えないので試行錯誤しながら作り上げたんですね。なので、これまでとは違った発想の中でいろいろやってみたいなと思ってます。まだまだ覚えることが多いですが。

MH : 現在は書や絵に限られてしまいますが、マンションや洋間などにも掛けられるようなテイストが違ったものも作っていきたいなと思ってます。

最後に…

今回、「美術表装 萬年堂」さんを訪ねた日は雪。「表装」というイメージも相まって、私の中にはピンとした緊張のようなものがあったのですが、お話をさせていただくうちにそのピンとしたものはほぐれてしまいました。手仕事を繋ぐ温かいお二人から、今後どのような表装や作品が生み出されるのか楽しみです。祖母の形見の帯や着物を使って表装したいといった方も、是非お問い合わせしてみてください。

「美術表装 萬年堂」 

web: https://mannendo-sinse1956.qwc.jp/

email: mannendou1956@gmail.com

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